本の覚書

本と語学のはなし

『競売ナンバー49の叫び』


トマス・ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』(志村正雄訳、ちくま文庫
 大富豪の遺言管理執行人に指定された元恋人が、その職務を遂行する中で、公的な郵便事業に対抗する闇の反体制的コミュニケーションの存在を疑うに至る。あらゆるところにそれを示唆するものがあるが、彼女の精神状態も必ずしも正常とは言えず、それが真実なのか、大富豪の仕掛けた壮大な遊びなのか、何もないところに勝手な意味を見出しているだけなのか、最後まで明らかにはならない。
 作中にもしばしば出てくるし、この作品を解説する本にも必ずキーワードとして紹介されるのが「パラノイア」。これは60年代の作品であるが、このアメリカ的パラノイアの症状は、湾岸戦争や9.11後のイラクアフガニスタン戦争にまで読み取ることができるとしばしば言われる。ちなみにパラノイアの主な症状は、被害妄想、誇大妄想、激しい攻撃性、自己中心的性格、異常な独占欲などであるようだ。

彼女は何週間もまえから、インヴェラリオの残したものの意味を理解しようといっしょうけんめいだったが、その遺産がアメリカであるとは思ってもみなかった。(p.252)


 彼女の意図がどこにあるのか私にはよく分からないが、大富豪の遺産がアメリカだったというのは印象的な言葉である。


 ピンチョン作品は玄人向けであって、一般人には読みにくいと言われる。しかし、『競売』は分量も適度だし、ある程度筋もはっきりしているし、翻訳には丁寧な注釈がついているから、挫折する可能性は低いのではないか。