本の覚書

本と語学のはなし

『世界文学を読みほどく』


池澤夏樹『世界文学を読みほどく スタンダールからピンチョンまで』(新潮選書)
 2003年9月に作家・池澤夏樹京都大学文学部で行った夏期特殊講義の講義録。取り上げた作品は、スタンダール『パルムの僧院』、トルストイアンナ・カレーニナ』、ドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』、メルヴィル『白鯨』、ジョイス『ユリシーズ』、マン『魔の山』、フォークナー『アブサロム、アブサロム!』、トウェイン『ハックルベリ・フィンの冒険』、ガルシア=マルケス百年の孤独』、ピンチョン『競売ナンバー49の叫び』。

 明日からは、十の作品を一回に一つずつ解析していきます。ストーリーの展開、主人公の設定、そして一番大事なのは、「どういう〈世界〉で事が起こっていくか」ということです。
 ここに言う〈世界〉は、単なる舞台ではない。もっと積極的、能動的に作品に関わってくる「場」としての〈世界〉を、それぞれの作品について解析していきます。(第1回総論1, p.15)


 大部分があらすじを追うことに費やされているようではあるけど、それでも面白く読めるのは、どのような場が設定されているのかということに常に意識的であるからだろう。
 現代はスタンダールの頃の素朴な世界観では捉えられない、ドストエフスキーには全てがあるとしてももうそれだけでは足りない、脈絡を欠いた百科事典型の羅列的世界観を打ち出したのはおそらくメルヴィルをもって嚆矢とするが、今もなお我々はその世界の中に生きている。おおむねそういったことが語られる。


 私は20歳を過ぎた頃からほとんど小説を読んでいない。スタンダールドストエフスキーや現代日本文学を夢中で読む時期が、時折突発的に訪れはした。しかし、全体としてみれば小説は読まなかった。というより読めなかった。私の文学体験は、大海の中に点在する孤島のようなものである。
 語学の勉強との兼ね合いをどうするかということには、いつも頭を悩ませる。タイムとディプロで毎日英語とフランス語に触れつつ、読書枠の中で英米文学原典、仏文学原典、文学和書(翻訳を含む)、経済和書を読むのがやはり一番いいのではないかと思う。原典を1冊読み切るには時間のかかる場合もあるから、分割する工夫も必要だ。『居酒屋』の第1章を終わらせた後、『ティファニー』の表題作を読み、その後『財務3表一体分析法』を一息に、といった具合に。
 長年の怠惰を埋め合わせるのは容易ではない。原典講読にも力を入れたいから、量は多く読めないかもしれない。だが、哲学と格闘するような頭の明晰さは既に失われている分、文学に専念するより他に選択肢はない。先は長くないのだから、もう一度少年の頃のようにひたすら文学を読み続けたい。


世界文学を読みほどく (新潮選書)

世界文学を読みほどく (新潮選書)

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