本の覚書

本と語学のはなし

Breakfast at Tiffany’s


 トルーマン・カポーティの『ティファニーで朝食を』を始めた。原文はペンギン・ブックス。村上春樹訳(新潮社)を参照する。

 I am always drawn back to places where I have lived, the houses and their neighbourhoods. For instance, there is a brownstone in the East Seventies where, during the early years of the war, I had my first New York apartment. It was one room crowded with attic furniture, a sofa and fat chairs upholstered in that itchy, particular red velvet that one associates with hot days on a train. (p.9)

 以前暮らしていた場所のことを、何かにつけふと思い出す。どんな家に住んでいたか、近辺にどんなものがあったか、そんなことを。たとえばニューヨークに出てきて最初に僕が住んだのは、イーストサイド七十二丁目あたりにあるおなじみのブラウンストーンの建物だった。戦争が始まってまだ間もない頃だ。一部屋しかなくて、屋根裏からひっぱり出してきたようなほこりくさい家具で足の踏み場もなかった。ソファがひとつに、いくつかのむくむくの椅子、それらは変てこな色あいの赤いビロード張りで、いやにちくちくして、まるで暑い日に電車に乗っているような気がした。(6頁)


 冒頭部分の原文と翻訳を並べてみた。村上はやはり作家として訳している。他の人が真似をすればやりすぎだと言われると思うが、村上は長年読みこんできた自負からこのスタイルを選んでいるのだろうし、柴田元幸が訳文をチェックしているから語学的にも問題はないのだろう。カーヴァーの訳は本当に嫌いだったが、これは面白そう。全部原文と比べてみたくなる。

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