本の覚書

本と語学のはなし

道元ブーム


 道元がマイブームになりつつある。水野弥穂子の『道元禅師の人間像』(岩波セミナーブックス)を読み始めた。昨日読了した『道元禅師』の鏡島元隆は新全集で『永平広録』を担当し、水野弥穂子は『正法眼蔵』を担当している。いずれも日本を代表する道元学者であるが、その道元像は微妙に異なる。読み進めるのが楽しみだ。
 とくに重要なのは、思想の変化に影響を与えた可能性のある鎌倉行化の問題(鏡島元隆の説の通りであれば、影響は最小限と見るべきである)、そして十二巻本『正法眼蔵』の意義の問題(鏡島元隆の対極を取れば、鎌倉行化とも関連させて考えなくてはならない)である。
 しかし、結局のところ道元像というものは、道元自身の著作や言葉を読みこむ中で形成されるものだろう。道元の伝記的問題を扱う時、その人は自身と道元との関係を図らずも暴露してしまうのである。


 写真の右側の本は、河村孝道編著『諸本対校 永平開山道元禅師行状 建撕記』(大修館書店)といって、代表的な道元伝『建撕記』のいろいろな校本を並べたもの(付録としてその他の伝記も収められている)。水野は『永平寺三大尊行状記』と『伝光録』と『建撕記』を並べながら道元の生涯をたどっているので、この本も時々参照している。
 道元が家を抜け出し比叡山に行った時のこと、法眼という僧が「親父、猶父、定めて其の瞋りあらん、如何」と言ったことは、どの伝記にもほぼ同じ文句で書かれている。ところが江戸時代の面山による訂補版『建撕記』では、「一族定めて其の瞋りあらん、如何」と訂正される。面山が道元の父親と措定する久我通親は、この時点で既に死亡しているからである。こういうことを確認しながら読むのも楽しい。