本の覚書

本と語学のはなし

A Christmas Carol


 ディケンズ『クリスマス・カロル』(または『クリスマス・キャロル』)の村岡花子訳。

 Old Marley was as dead as a door-nail.
 Mind! I don’t mean to say that I know, of my own knowledge, what there is particulary dead about a door-nail. I might have been inclined, myself, to regard a coffin-nail as deadest piece of ironmongery in the trade. But the wisdom of our ancestors is in the simile; and my unhallowed hands shall not disturb it, or the Country’s done for. You will therefore permit me to repeat, emphatically, that Marley was as dead as a door-nail.

 老マーレイはドアの上の釘のように死にきっていた。
 よく聞いていただきたい。私は何も自分の知識をひけらかして、ドアの釘を死んだものの見本として出しているのではない。私一個人の考えとしては、商品として店に出ている金物のうちでは棺桶の釘こそは一番完全に死んでいるものだと言いたいところである。しかし、元来この比喩は我々の先祖の知恵から生まれたものである以上、私の不浄の手でこれを変えるべきではない。そんなことをしたら、この国の秩序が乱れてしまう。それゆえに、みなさんにも、私が語気を強めて、マーレイは戸の釘のごとく死にきっていると繰返すのをお許し願いたい。(7頁)


 初めて村岡訳で読んだとき、最初のページのこのユーモアからして作品世界にぐいと引き込まれたところなので、引用が幾分長くなってしまったのはお許しいただきたい。
 初めて原文で「door-nail」の文字を見たとき、とても嬉しかったのを覚えている。半分訳者の創作であると疑っていたのかもしれない(こんな創作は不可能だが)。*1


 原文に目を通してもらうと分かると思うが、子供向けと侮っていると案外読みにくい文章が紛れ込んでいたりする。かつて直ぐに投げ出してしまった(たぶん1ページか2ページで)のも、決して恥ずかしい告白ではないかもしれない。
 と言いたいところだが、どんな作品も冒頭部分は難しいものだということを割り引いたとしても、当時は全然英語を読む力がなかったのだ。


 思い出のための引用であって、翻訳研究ではない。しかし、原文と対照させてみても、なかなかいい翻訳ではないかと期待を抱く。

*1:ドアの釘というのは、『リーダーズ英和辞典』によれば、昔、ドアの飾りに打ちつけた鋲釘のことらしい。