本の覚書

本と語学のはなし

Bel-Ami


 『ベラミ』の杉訳は、予想以上に古臭かった。それが結構おもしろい。


□Les femmes avaient levé la tête vers lui, trois petites ouvrières, une maîtresse de musique entre deux âges, mal peignée, negligée, coiffée d’un chapeau toujours poussiéreux et vêtue toujours d’une robe de travers, et deux bourgeoises avec leurs maris, habituées de cette gargote à prix fixe.


■女たちは顔をあげて彼の方を見ていた。三人の小柄な女工、中年の女楽士が一人、これは手入れの悪い、ろくに櫛も入れてないような髪をして、埃のしみこんだ帽子をかぶり、歪んだ、だらしのない着物の着方をしている。それから亭主連れの堅気の女が二人、これは均一料理店の常連らしい。


 「女楽士」は「音楽の女教師」くらいの意味。
 「埃のしみこんだ」というのは、なんだか脂でねっとりしていそうで凄い。
 ブルジョアの女が「堅気の女」となるのは、今ではとても思いつかない訳だ。これでは女工も女楽士も人並みではないような感じがしてしまう。
 「均一料理店」は杉の造語だろうか。要するに、決まった金額で一通りの食事を出す定食屋のこと。今でも安っぽい食堂に行くと、「menu à 12 euros」というような貼紙をしているところがある。ちなみに「menu」は「定食」のことで、「メニュー」の意味ではふつう「carte」という単語を使う。


 いちいち挙げたらきりがないので、訳が古いという話はよほど魂消た時でなくては、もう書かないことにしよう。