本の覚書

本と語学のはなし

『日はまた昇る』


ヘミングウェイ日はまた昇る』(高見浩訳,新潮文庫
 「ロスト・ジェネレーション」というのは、ヘミングウェイガートルード・スタインが自動車整備工場を訪れたとき、工場の主が漏らした“une génératon perdue”というフランス語に由来している。「失われた世代」というような文学的な意味ではなくて、ただ「まったく、おまえたち、いまどきの若い者は、なにをやらせてもだめな、だらしないやつらだな」というほどのことを言いたかっただけらしい。スタインはすかさずこれを直訳し、「あんたたちはみんな、“a lost generation”なのよ」とヘミングウェイに言った。後年彼は、『移動祝祭日』の中に「薄汚い、安直なレッテル貼りなど、くそくらえだ」と書き残している。そんなわけで、小説冒頭に掲げられたスタインの言葉は、「自堕落な世代」と訳した上に、「ロスト・ジェネレーション」とルビが振ってある。
 あんまり飲んでばかりいるので、読む方も疲れてくる。舞台がパンプローナのフィエスタに移ってからは、ちょっとだれてしまった。醒めた目で倦怠を覚えながらも、少し胸の奥に痛みを感じて読む。


 これでなんとかなるだろう。これでいいのだ。恋人を旅立たせて、ある男と馴染ませる。次いで別の男に彼女を紹介し、そいつと駆け落ちさせる。そのあげくに、彼女をつれもどしにいく。そして電報の署名には、“愛している”と書き添える。そう、これでいいのだ。ぼくは昼食をとりにいった。(440頁)


 登場人物にはそれぞれみな実在のモデルがある。それがまた凄い。
 しかし、妻のハドリーも一緒にパンプローナに行ってはいるが、彼女に対応する人物は出てこない。『日はまた昇る』は彼女と息子に捧げられ、彼女とは出版の翌年に離婚し、印税は全て彼女に贈られた。

日はまた昇る (新潮文庫)

日はまた昇る (新潮文庫)