本の覚書

本と語学のはなし

誤訳博覧会

 今日の「産経新聞」によると、立命館大学教授の下川茂が、日本スタンダール研究会の会報に寄せた書評において、野崎歓による新訳『赤と黒』(光文社古典新訳文庫)を酷評したとのことである。
 孫引きになるが、下川の言い分。「訳し忘れ、改行の無視、原文にない改行、簡単な名詞の誤りといった、不注意による単純なミスから、単語・成句の意味の誤解、時制の理解不足によるものまで誤訳の種類も多種多様であり、まるで誤訳博覧会」。『カラマーゾフ』の亀山訳も誤訳騒動があったらしいし、新訳はどうも厳しい目で見られているようだ。
 私も時々誤訳をあげつらうことはあるけれど、完全に文法を無視した無茶な誤訳でない限り、憤りを覚えることはない。「原文にない改行」が誤訳であるとすれば(個人的には改行は原文に従ってほしいけど)、池内紀なんかもカフカを切り刻んだバラバラ殺人の重罪人となる。あくまで潔癖であろうとすれば、本棚ごと炎に投げ入れ焚書するに如くはない。要するに程度問題という気がする。*1
 しかし、光文社側が「瑣末な誤訳論争」として取り合わないのも、納得は出来ない。誤訳はいちいち批判するべきではないかもしれないが、指摘された以上は真摯に受け止めなくてはいけない。あるいは、訳者の問題だけではなくて、会社側の問題もあるのかもしれない。


 『赤と黒』の原文を読むときは野崎訳を参照しようと思っていたが、どうしようか。桑原・生島訳よりこなれているのは確かなので、誤訳を見抜く確かな力があるなら野崎訳でいいのだが、やっぱり避けるかもしれない。

*1:しかし、誤訳は数百か所と指摘されているので、そのとおりとすれば程度問題としても問題だが。