本の覚書

本と語学のはなし

L’étranger


 せっかくなので『異邦人』を読みつつ、なるほどと思った訳を拾っておく。
 参考にしているのは、新潮文庫の窪田啓作訳。


Au bout d’un moment, il m’a regardé et il m’a demandé : « Pourquoi ?» mais sans reproche, comme s’il s’informait.


ちょっとして、彼は私を見つめ、、「なぜ」と尋ねたが、いかにも不思議だという様子で、別に非難の色はなかった。


 「s’informer」は辞書で調べると「調査する、問い合わせる」という意味。「informer」の再帰形なので当然そうなのだが、非難という色をつけるためではなく、ただ知らんがために訊くかのような問い方であったというニュアンスを表す訳語となると、私はとっさにいい言葉を見つけることができなかった。私が訳していたら、生硬さが取れないままであったろう。


Cette présence dans mon dos me gênait.


この私の背中の人影が、私は気になった。


 直ぐに思い浮かぶのは「こうして後ろに居られると」というような、名詞を動詞に読みほぐすという手法だが、名詞を名詞のまま、しかも日本語としてごく自然に訳す道も残されているのだった。私の訳では「dans」の感じが出ていないような気もする。
 「私」を2度も繰り返すのは、訳者の戦略だろうか。