本の覚書

本と語学のはなし

シャ・ノワール

 賢治「双子の星」、モンテーニュ「嘘つきについて」「弁舌の遅速について」を読む。
 斎藤慶典『フッサール 起源への哲学』(講談社選書メチエ)を始める。トルストイは捗らない。残りを一気に読んでしまうことは諦めて、哲学関係を併読することにした。


 哲学といっても、私が思い浮かべる固有名詞なんかは限られている。カント、ニーチェフッサールハイデガーレヴィナスデリダくらいなものだ。


 モンテーニュは2つの挫折の記憶である。
 読み始めたのは、西洋古典学に鞍替えしようと2つ目の大学に入り、ようやくその判断の誤りに気がつき始めた頃のこと。主にラテン語の文献からの引用に満ちている。必ずしも引用がなくても成立はするのだが、それは権威を借りるとか教養を誇示するためではない。自分の思考を導いてくれた書物を隠さず記述するという態度であったに違いない。古典とはこうやって用いるものなのかと初めて知った。ギリシア語やラテン語を齧った程度で西洋古典学を専門にしなくてはならないと考えるなんて、なんと田舎じみた妄信だったろう。これを専門にするのは語学の天才でなくてはいけない。しかし、語学の天才でなくてもその果実を利用することはできる。そういう道のあることを、当時は考えてみもしなかったのだ。
 ちょうどその頃に、私はカトリックの洗礼を受けた。洗礼を受けるには、教会の教室に通ってキリスト教について学ばなくてはいけない。同じクラスの女性が、押しかけ女房のようにしてやって来た。幾度となくカットされた手首を見せた。神父様も寂しいと言うのだと告白した。私は彼女を逃れ、しばらく「シャ・ノワール」にこもり、ちょうど読み始めたばかりのモンテーニュを貪った。時に夜闇に蹲りしのび泣く女の姿を見たこともある。ある時は玄関先に花が置いてあり、本屋で花言葉を調べてみたら「私の愛はまだ生きている」であった。彼女の手紙に返事を書いて、ラテン語聖書の一文を添えたら、きちんとそれを読み解いてまた返事をよこした。神父とともに読んだのであろう。私の最初のモンテーニュ体験は、黒猫の腹の中だったのである。
 程なく私は2つ目の大学を去り、以来教会にも通ってはいない。

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