本の覚書

本と語学のはなし

『ブラフマンの埋葬』

小川洋子ブラフマンの埋葬』(講談社文庫)
 今や芥川賞の審査員だ。
 ブラフマンというのは何だかよく分からない動物で、怪我をしているところを「僕」に拾われ、ひとつの季節を共に過ごし、やがて死ぬ。
 その名前はサンスクリットで「謎」を意味すると碑文彫刻師は言うが、私たちが普通知っているのは、古代インドにおける宇宙の究極的原理の意味である。漢訳は「梵」。ブラフマンは個人存在の本体としてのアートマン(「我」)と同一であると、シャンカラを祖とする不ニ一元論学派の梵我一如の思想において主張される。『梵和辞典』を見ても、アプテの『梵英辞典』を見ても、「謎」という意味はないが、呪文とかそこに宿る神秘的な力の謂いでもあるし、宇宙の根本原理*1にしてからが「謎」であるには違いない。
 はたしてここに登場するブラフマンは、そのような根本的原理なのであろうか。
 あるいは自我の深奥にある超我のようなものなのだろうか。そうとすれば、これは心理小説ならぬ、心理学小説なのだろうか。
 と、またも適当なことを書いてしまった。それを裏付けようとか、掘り下げようとかいう気は全くないのだから。


ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

*1:Apteに載せる第一義は以下のとおり。〈The Suprime Being, regarded as impersonal and divested of all quality and action; (according to the Vedantins, Brahman is both the efficient and the material cause of the visible universe, the all-pervading soul and spirit of the universe, the essence from which all created things are produced and into which they are absorbed.)〉

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