本の覚書

本と語学のはなし

『犬婿入り』

多和田葉子犬婿入り』(講談社文庫)
 多和田葉子。早稲田でロシア文学を専攻した後、ドイツに渡り、現在は日本語とドイツ語で執筆活動をする。当然興味は持つわけだが…。
 「ペルソナ」はドイツ暮らしにおける軽いノイローゼを扱った作品。人種差別やナショナリズム、暴力的な一般化思考といったようなものもセットになっていて、主人公の変調を象徴するかのように、稚拙な日本語で書かれている。「自分の生まれ育った国の言葉なのに、それどころか、自分自身だと思っているものを生み出してくれた言葉なのに、本当に思っていることを言おうとすると、それが下手になってしまう」。
 方法論的な工夫はなされている。ほぼ同時期に書かれた「犬婿入り」が比較的まっとうな日本語で書かれているところを見れば、文体の稚拙さも意図的であるに違いない。それに思い当たる前は、久し振りに本を読んで腹を立てたものだけれど、それでもその憤懣は必ずしも不当ではないのではないかと今も思う。
 書くべき題材だとは思うけど、何と言うか、大袈裟すぎるというか、その自意識にむしろ不潔さを感じるというか、漱石じゃないんだから今どき海外でノイローゼかよとか。もっと器の大きな、笑い飛ばすようなものであってほしいと思うけど、それはこの人の性格なんだから仕方がないのだろう。
 芥川賞受賞作の「犬婿入り」の方は面白かった。最初の内は凝ったつもりの文体が可笑しくて仕方なかったけれど、それも段々まともになってきた。しかし、もっと読みたいとまでは思わない。

犬婿入り (講談社文庫)

犬婿入り (講談社文庫)