本の覚書

本と語学のはなし

『海の仙人』

絲山秋子『海の仙人』(新潮文庫
 いきなりファンタジーなる神らしきものが現れるから、メルヘンだろうか、何かのパロディーだろうかと思って、福田和也が「偉大な作家の登場」というのもまた文庫解説の常套的誇張表現かと高をくくり始めたが、それなりに読ませる文章なので勢い朝まで起きて一気に読み上げたら、テーマは意外に軽いものではなく、孤独を引き受ける自立というようなものが、癌で亡くなる主人公の恋人やら、雷に打たれて失明する主人公やらを通して、決して重たくならずに描かれていて、ああ、やっぱりこれは凄いや、と感心したのである。
 だいたい最近読んだ女流作家の小説の主人公はほぼ女の「わたし」と相場が決まっていて、男の3人称で語られること自体がなんだか凄いことに感じられてしまう。
 それでもファンタジーの登場は本当に必要だったかという疑念が頭を去らないが、しかし、楽しんで読んでしまった後では取り返しのつきようもなく、ファンタジーのいない『海の仙人』などクリープを入れないコーヒー同様陰気な作品でしかないと想像されるばかりで(と言っても、私はコーヒーはもっぱらブラックでしか飲まないけど)、もはやこの形でしかこの作品は存在し得なかったのだと納得するしかない。
 絲山秋子はもう少し読んでみなくてはいけない。


海の仙人 (新潮文庫)

海の仙人 (新潮文庫)

広告を非表示にする